格闘家だけを採用する工務店が、古くさい建設業界の慣習と戦うワケ

格闘家だけを雇用する外装工事の工務店

格闘家だけを雇用している工務店が、東京都世田谷区にある。

その会社の名前は、株式会社逸鉄。

建物の金属パネルを貼る外装工事など、金属工事業・板金業・サッシ業を専門とし、「東京スカイツリー」の展望台や「フジテレビ」の本社ビル球体展望室の外装工事を手掛けるなど、実績も豊富な工務店だ。

なんでも、この逸鉄の職人たちは、社長を含めて全員が「ブラジリアン柔術」の格闘家らしい。

RIZINで活躍するトップファイター(総合格闘家)でありながらYouTuberとしても快進撃を続けている朝倉未来選手も、かつては設備工事の職人をしながら練習を続けていたという。

格闘家と工事業の親和性とは?なぜ格闘家ばかりを雇い入れているのか、逸鉄は何を目指しているのか、社長と従業員たちにインタビューしてきた。

現役の格闘家だけ採用する工務店

金属工事業の株式会社逸鉄代表・齋藤穂高さん

齋藤 穂高(さいとう ほたか)
1974年1月生まれ、神奈川県出身。父親が経営する建築会社から独立して株式会社逸鉄を創業。昔から格闘技が好きで、学生時代は剣道に打ち込んだ経験を持つ。36歳のとき、ブラジリアン柔術の道場に入門。以降、ブラジリアン柔術一筋で心身ともに鍛え上げている。東京・世田谷にブラジリアン柔術ジム『IGLOO』を設立。愛犬のフレンチブルドッグが可愛くてしょうがない。

格闘家だけを採用する理由を語る金属工事業の株式会社逸鉄・齋藤穂高社長

——逸鉄の設立経緯は?

齋藤穂高(以下、齋) 金属工事や板金、サッシ業を行う父の会社で20年ほど働いた後、独立して2013年1月に逸鉄を創業しました。

今は格闘技関連のスポンサー業もやっていて、ブラジリアン柔術ジム『IGLOO』も自社で運営しています。

——なぜ、格闘家だけを採用していますか?

齋藤 “現役”の格闘家を採用しています。理由としては私自身が格闘技に親しんできたというのもありますが、建設業で格闘家を雇用することが「建設業界と格闘技界の両方の課題解消につながる」と考えているからです。

建設業界は80年代に全盛期を迎えたものの、バブル崩壊によってその根幹が破綻してしまいました。

高い技術力を持つ職人でも、給与や待遇が妥当とは言えない状況です。当然、職人を目指す人も減ってしまい、いま業界全体で職人不足が深刻化しています。

その一方で、格闘技界にはセカンドキャリアの問題があります。たとえば、プロ野球やJリーグでは、一部のスター選手は指導者や解説者の道を歩みますが、それ以外の選手は引退後にスポーツとは関係のない業種に挑んでいます。

格闘技界はその傾向がより顕著で、第二の人生探しに困っている格闘家がたくさんいます。彼らがもっとも得意とするのが肉体労働で、そこに職人としての技術が備われば、その可能性をさらに広げられます。

格闘技に携わっている人は根性があるので、こうした仕事との親和性も高いですからね。

逸鉄の従業員は、そういう背景があって門を叩いてきたヤツばかりです。こうした取り組みを続けていくことで、建設業界と格闘技界の環境は良くなっていくと信じています。

「技術は芸」「残業ナシ」金属工事業と格闘技の両立

株式会社逸鉄のユニフォーム

——逸鉄の働き方の特徴は?

齋藤 従業員がみんな現役の格闘家なので、仕事の後でトレーニングに励めるように残業はほとんどありません。残業したとしても、月2〜3時間です。

建設業界には「長時間働かないと仕事は覚えられない」という古い慣習が未だ強く根付いていますが、私自身はそうは思いません。どれだけ短い時間であっても、しっかり集中して取り組めば身につくものです。

逸鉄で扱っている金属工事業は、難易度の高いテクニックを要する職種なので、時間の長短に関係なく、間違いのない技術をしっかり教えることに注力しています。

残業がないことで、コンスタントにトレーニングの時間を確保できれば、同時に休息の時間もしっかり確保できます。仕事とトレーニングでかなり体を酷使していますから、その分回復させてやらないといけませんし。

―― 格闘家である従業員たちに言い聞かせていることは?

齋藤 常日頃から「仕事だけではダメだ。仕事以外でも大事なことがなければ芸は身につかないんだ」と伝えています。「技術」とは「芸」なんです。そのレベルを高めるためには、鍛錬以外の時間の過ごし方が重要になってきます。

仕事では全員に標準以上のクオリティを求めていますが、だからこそ仕事が終わればなるべく早く家に帰って、好きなことにめいっぱい打ち込んでもらい、休日も健やかに過ごしてほしいと思っています。

これらが相互作用を引き起こして、逸鉄のみんなが幸せに暮らせるようにしたいですね。

日本人の職人を育成する必要性

日本人の職人を育成する必要性を語る金属工事業の株式会社逸鉄・齋藤穂高社長

―― 日本人の職人育成にもこだわっていると聞きました。

齋藤 以前、中国・上海の「在上海日本国総領事館」建造プロジェクトで、逸鉄がスーパーバイザーを務めたことがありました。

このときは現地人に仕事をレクチャーしつつ、彼ら自身に建物をつくってもらったのですが、文化的背景の違いからか、同じ仕事でもクオリティに差が出てしまうことがしばしばありました。

同じ「取り付ける」作業でも、日本人はただ取り付けるのではなく、機能性を損ねることなく美しく取り付けることにこだわります。こういったところが、後々クオリティという点で差になってきます。

―― 格闘技界での活動内容は?

齋藤 格闘家のセカンドキャリアのサポートのほかに、総合格闘家山本“KID”徳郁選手が運営するジム『Yamamoto Sports Academy』や、格闘技番組をスポンサードしています。

ブラジリアン柔術の会話ができる職場

株式会社逸鉄スタッフ・古川慧史郎さん

株式会社逸鉄・古川 慧史郎(ふるかわ けいしろう)
1988年3月生まれ、福岡県出身。大学卒業後、21歳から始めたブラジリアン柔術の練習を続けながら、営業職などを経験。1年半前に上京し、逸鉄社員として勤めるように。『IBJJFアジアオープン柔術選手権』(2014年大会)にて、アダルト紫帯ライトフェザー級で優勝を経験。好きな格闘家は、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(ブラジル)。

――古川さんはなぜ逸鉄に入社しましたか?

古川 SNSで逸鉄の社員募集を見て応募しました。逸鉄に入社する前は、約8年営業職の仕事と掛け持ちでブラジリアン柔術を続けてきました。

建設業は未経験だったので、最初はコンマ単位の仕事ばかりでついていくだけで精一杯でした。大雑把な性格なので、細やかな作業に戸惑いました。

それでも、根気強く教えてくれる齋藤社長に引き上げられ、今は逸鉄の一員として務めています。

―― 逸鉄の良いところは?

古川 他の会社だとブラジリアン柔術のことを知らない人ばかりなので、あまり柔術の話をオープンにはできません。それこそ仕事で失敗でもしたらマイナスイメージとして受け止められかねないので、むしろ知られないようにしていました。

でも、逸鉄では同僚がみんなブラジリアン柔術をしていて仲も良いんです。だから、気兼ねなく趣味の話で盛り上がれます。

もちろん、肉体労働でクオリティの高い内容を求められる仕事は大変ですが、精神的なストレスとは無縁で、充実感を味わいながら取り組めています。

株式会社逸鉄スタッフ・本間祐輔さん

株式会社逸鉄・本間 祐輔(ほんま ゆうすけ)
1981年11月生まれ、北海道出身。総合格闘技イベント『PRIDE.1』で高田延彦 vs ヒクソン・グレイシー(ブラジル)を見たことと、「格闘技では組み技の方が打撃よりも強い」と知った衝撃から、16歳よりブラジリアン柔術を始める。2006年IBJJFアジア柔術選手権黒帯ルースター級優勝、『2008年IBJJF世界柔術選手権』黒帯ルースター級準優勝。『2015年IBJJF世界ノーギ柔術選手権』準優勝。2008年からは総合格闘技に転向した。好きな格闘家は、ヒクソン・グレイシー。

―― 本間さんは、なぜ逸鉄に入社した?

本間 私は大学進学も柔術を目的で決め、卒業後も仕事をしながらプロの格闘家として競技生活を送っていました。

以前は運送会社の正社員として勤めていたのですが、朝5時半に出社して、帰宅するのが21時過ぎという労働環境で、柔術の練習がほとんどできず、コンディションが整いませんでした。

当然プライベートの時間なんてありません。その点、逸鉄は残業がないので仕事とトレーニング、そしてプライベートという3つが保てるというかなり恵まれた環境だと感じます。

―― 逸鉄に入社して大変だったことは?

本間 やっぱり朝の早さですね。今はすっかり慣れましたが、朝6時には家を出て現場に向かうことに慣れるまで、ちょっと時間がかかりました。

同僚のみんなとは、休憩中にふざけた会話ばかりしているんですけど、仕事になるときちんとしています。仕事については厳しく、しっかりと気を引き締めて取り組める逸鉄の環境が好きですね。

逸鉄は対人関係のストレスと無縁

株式会社逸鉄スタッフ・遠藤信行さん

株式会社逸鉄・遠藤 信行(えんどう のぶゆき)
1986年9月生まれ、茨城県出身。建築系の専門学校に入るために上京。23歳のとき、齋藤社長が在籍する建設会社に入社した。雀荘など仕事を掛け持ちしていたとき「お前は何かやったほうがいい」と齋藤社長に薦められ、ブラジリアン柔術を始める。現在、柔術を続けて7年目。『第3回東日本柔術選手権大会』(2015年)でアダルト紫帯ルースター級3位。好きな格闘家は、山本“KID”徳郁(故人)。

——遠藤さんは?

遠藤 僕はいまいちピリッとしない生き方をしていたんです。そんな僕を見た齋藤社長から「格闘技でもしてみたら?」と誘われたのが最初でした。あの一言が、今の僕に繋がっています。

逸鉄に入社時、僕は本当に何もできなかったので、社長にはかなり厳しく、脚色なしで厳しく仕事を教え込んでもらいました。

すべてを覚えるまでは大変でしたが、齋藤社長が僕の面倒を見てくれている気持ちは理解していたので、どれだけ厳しくされても辞めようと思ったことは一度もありません。

―― 逸鉄の雰囲気は?

遠藤 みんなの距離感が近く、仲が良いです。柔術の話ももちろんしますが、それ以外にもくだらない話で盛り上がったり、公私ともに楽しめています。社内での対人関係ストレスとは無縁ですね。

仕事中の齋藤社長はすごく厳しいですが、仕事から離れるとフランクで、本当に気兼ねなく接することができます。柔術にも専念できる環境にあるからこそ、もっと逸鉄に貢献したい気持ちが出てきます。

株式会社逸鉄スタッフ・三橋心一さん

株式会社逸鉄・三橋 心一(みつはし しんいち)
1991年1月生まれ、青森県出身。工業高校を卒業後、お金を貯めるために18歳で上京。建設業のキャリアは7年目。2年半前から柔術を始め、逸鉄も支援している山本“KID”徳郁選手の手がけるスポーツジム「Yamamoto Sports Academy」で練習を重ねる。そこで齋藤社長と出会い、逸鉄に転職。『EAST Japan 2015』で2位。好きな女性タイプは、目がクリっとしていて、優しくしてくれる人。

―― 三橋さんが逸鉄に入社した経緯は?

三橋 工業学校を卒業した18歳から建設業界で働いているので、職人としてのキャリアは7年目になります。

逸鉄との出会いは今から2年半前、ブラジリアン柔術を始めようと山本“KID”徳郁さんのジムに入会したことから。ちょうどこのジムの練習会に来ていた齋藤社長に転職の相談をしたところ、逸鉄を紹介してもらいました。

―― 逸鉄に入社してみた印象は?

三橋 建設業の経験があったので、仕事そのものへの戸惑いはありませんでした。

ただ、前職とは営業体型が異なっていたので、その点に関しては戸惑いました。それも仕事を続けるうちに慣れて、今はいい雰囲気で逸鉄の仕事を覚えられています。

それも仕事を続けるうちに慣れて、今はいい雰囲気で逸鉄の仕事を覚えられています。

前職では毎夜11時近くまで残業していたので、深夜2時から柔術の練習をするというのが当たり前になっていました。残業が皆無の逸鉄と比較すると、異常ですね(笑)。

おかげで今はコンディションを整えるのがすごく楽になりました。柔術に専念できるから、仕事に対しても意欲的になれるんです。こういう職場環境がもっと増えていってくれれば、って思いますね。

格闘家集団・株式会社逸鉄のスタッフ
株式会社逸鉄のスタッフ一同