ブラジル出身・来日30年の配管工が語る、「日本」と「職人」の魅力

日本の真裏、ブラジルからやってきた配管工事職人

建設現場では職人不足も相まって、外国籍を持ちながら工事に勤しむ職人も増えてきている。日本の真裏、ブラジルからやってきた日系ブラジル人3世のナラザキ=ミルトン=ユウジさんもその1人。

ブラジルから日本へ来た経緯や配管工事の現場や仕事のやりがいについて、また、遠い祖国への想いについて話を聞いた。

ユウジさんは18歳のときに両親の仕事の関係で日本に渡って以降およそ30年間、知人づてに色々な職を転々として、配管工事の職人として働いている。

果たして「今までの仕事の中でも一番性に合う」と語る理由はどこにあるのだろうか。

来日30年、配管工・ナラザキ=ミルトン=ユウジさんの日本来てからの今まで

日本で配管工事の仕事に就く日系ブラジル人3世のナラザキ=ミルトン=ユウジさん
日本で配管工事の仕事に就く日系ブラジル人3世のナラザキ=ミルトン=ユウジさん

今から約30年前の1991年、ユウジさんは日本に移住した。ユウジさんの両親は二人ともブラジルに移住した日本人。その二人の下に生まれたユウジさんが通っていたのは、ブラジルの現地の人たちが通う学校。そのため書けるのはローマ字とカタカナ、知っている日本語は「はい」と「おはよう」だけだったと言う。

来日当初は、客観的に考えれば苦労続きかと思いきや、当時のことをユウジさんは明るく振り返る。

「最初は大変でしたよ~。車がないから、家族みんなで自転車に乗ってスーパーへ買い物に行ったりね(笑)。2DKの家に4人で住んでいたから、押入れを2段ベッドみたいにして弟と寝たりもしたなぁ。まぁ言うほど大変でもなかったけどね。いろんな人に助けてもらいながらだったから、楽しかった」

その後は拠点を転々と移し、知人づてに仕事を紹介してもらいながら暮らしていたというユウジさん。何度かブラジルに帰国することもあったものの、日本で働き、2014年ごろから知人の誘いで週に1度配管工事の仕事に携わるようになる。

そして2016年の6月より正式に社員となり、本格的に仕事に取り組むようになった。

「長い拘束時間も苦にならない」配管工事のイメージと現実

現場で仕事中の配管工・ナラザキ=ミルトン=ユウジさん

ユウジさんが勤める会社は、小さな店舗から地下通路のような公共のものまでの幅広く扱う配管工事会社。現場によって短いところで2週間、長いところで数カ月かけて工事する。

日本に来てから今の仕事に就くまでの間、文具屋や、クリーニング屋、弁当屋など、さまざまな職を経験してきたユウジさんだが、配管工事の仕事は未経験だった。加えて昼の工事なら5時半から19時まで、夜の工事は21時から朝5時までという拘束時間が長めの仕事だが、キツいと感じたことはないという。

「最寄り駅に来れば、仕事仲間がバンで迎えに来てくれているからね。それに乗って寝たり仲間と話したりしているうちに現場に着くから、拘束時間が長いと言っても全然苦にならないよ。ほかの職場だと、定時になっても何となく帰れない雰囲気があったから、予め決まった時間にキッカリ終わってくれるのはわかりやすくていい」

工事現場は飛び交う言葉や人間関係も荒々しい印象を持たれがちだが、実際の雰囲気は人によりけり。ユウジさんの職場は社長が「心地よい労働環境を」と強く意識していることもあって、楽しい雰囲気で仕事ができているという。

「人数が少ないし、せっかくなら仕事を楽しくやりたいじゃない? 現場の雰囲気をどうやって良くするかを考えながら仕事をするのも楽しいんだよね」。

40代3名、30代1名の4名で、和気あいあいと働いているユウジさん。もともとの知人同士が集まって働いていることもあるが、心がけ次第で楽しい現場はつくれるのだとか。

「専門知識が実施務で学べる」配管工事の仕事の魅力

仕事の魅力を語るの配管工・ナラザキ=ミルトン=ユウジさん

専門的な技術が必要なため、ハードルが高そうに思える配管工事の仕事だが、ユウジさんが作業に慣れるまでにはそれほど時間がかからなかった。それどころか「今までの仕事の中でも一番ウマが合う」のだと言う。

「特別な研修を受けたわけではないんですが、わからないことはその都度教えてもらえるので、技術的な面でしんどいと思ったことはないですね。むしろ “これ、どうやって使うのかな”というような、新しい道具の使い方がわかったときは感動しちゃうし、もっともっと覚えたいと思ってワクワクします」。

また、「ほかの職場でも通用するスキルが身につく」のも魅力なのだとユウジさんは語る。今まで経験した仕事は、身につけた技術が職場を変えると使えなくなり、またゼロからのスタートだった。身一つで日本に移住してきたユウジさんにとって“手に職がつけられる”ことはとてもありがたいという。

ほかの職場でも通用する専門知識を、実務の中で学べる現場の仕事。一つひとつ新しい知識を身につけながら、ユウジさんは今日も配管工事の現場へ向かう。

日本に渡って30年 故郷ブラジルへの想いは

母国・ブラジルへの想いを語るの配管工・ナラザキ=ミルトン=ユウジさん

初めて日本に渡った18歳のときから、30年近く経過しているユウジさん。弟さんは結婚して日本に住んでいるが、両親はすでにブラジルに帰国して生活しているという。

日本での生活が長くなったと言っても、やはり生まれ育った故郷への想いには特別なものがあるはず。「ブラジルに帰りたい気持ちはないか?」とストレートに聞いてみた。

「もちろん帰りたいという気持ちはありますよ。友達も家族もいますしね。生まれ育ったパラナには海があって、毎日のように友達とサーフィンをしていましたね。小さいころからの自分を知っている友達に会えないのはやっぱり寂しいし、お母さんの手料理を食べたいとも思うし(笑)」。

生まれ育ったブラジルへの愛を語ってくれたユウジさんだが、望郷の念にかられながらも、帰国の予定は立てていないと言う。

「“今すぐに”という気持ちはありません。日本とブラジルは離れていますが、今はインターネットがあるからメッセージも通話もできるでしょ。僕が日本に来た1991年当時なんて1,000円のテレホンカードで3分しか話せない時代でしたからね。そのほかの連絡手段は手紙だけ。その頃に比べたら寂しく感じないで済んでいます」

テクノロジーの進歩によって、縮まった距離。しかし、ユウジさんを日本に留める理由はそれだけではない。

「あとね、やっぱり日本は良いですよ。真面目に働いていれば、安心して暮らしていけるでしょ。ブラジルは真面目に働いても月収が25,000円くらいで生活が厳しかったり、泥棒に用心しなきゃいけなかったりで、けっこう大変(笑)。自分が生まれ育ったブラジルはもちろん大好きだけど、帰るのはもう少し先でもいいかなって思います」。

 

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