成長意欲むき出しでMBAまで挑戦。電気設備の元社長はITの世界で何を叶えるのか。

「下りのエスカレーターに乗ってる感覚なんです。普通に歩いてやっと現状維持、止まったらすぐに下に落ちてしまうー」

自身の成長に貪欲。まさにその言葉がぴったりの人だ。

インタビューに応じてくれたのは石川健一さん(39)。
『知識がある者は強い』を信条に、努力を惜しまず勉強を重ね、ある電気工事会社の社長の座を掴み取る。だがそこで待ち受けていたのは、知識と経験を生かした経営者としての日々ではなく、「建設業のリアル」だった。

身動きが取れず、道半ばで終わった社長業。
自分ひとりでは変えることのできない現実への葛藤ともどかしさが、心の中に渦巻いていた。

必死に駆け上がった業界のヒエラルキー

石川健一さん(以下、石川):青森から出てきて就職した先が電材商社でした。売上ゼロから始めて、最終的には営業でトップ、県内で自分のことを知らない人なんていないという所まで上り詰めました。

10年やった後に、大手傘下の建材商社に転職しました。業界のヒエラルキーを考えたとき、単純に「もっと上にいきたい」って思ったからです。そこでは、数億円規模の案件の施工管理や建材管理をしていました。より元請けに近い所、扱う金額が大きい所に身を置くことで、自分を成長させたいと強く思っていたんです。

結果、建設という業界を俯瞰して見られるようになって、業界の構造や、全体の商流を掴むことができました。

順風満帆に見えるキャリア、でもどこか満足できずにもやもやしていた

石川:正直、特にあのまま環境を変える必要はなかったかも。仕事ではそれなりに結果も出せていたし、周りから「いつも楽勝っすね」と言われたりもしてた。でも、実際は自分で自分に全く自信がなくて、「持っているものがない」って常に思って焦ってたんです。

だからめちゃくちゃ『勉強』してました。知識があるのは強いと思っていたので、建材や施工管理の本をたくさん読んだり、ビジネスの勉強をしたり。実は働きながら毎週MBAスクールにも通ってて…。正直かなりキツかったですけどね(笑) 

沢山勉強して、MBAとか外の世界との繋がりを作っていたのは焦りを埋めるためでもあったんですけど、そこから得る刺激や影響のおかげで、気付かされたんです。「経営をやりたい自分がいる」ことに。

転職して3年目。気持ちとチャンスのタイミングが合った

石川:実は転職してすぐのときから、電材商社時代のお客さんに「後継者になってくれないか」と言われていたんですよね。初めはそんなつもりもないし、そもそもその話がどれくらい信ぴょう性のあるものかも分からなかったので断っていたんですけど、一度だけじゃなくて毎年毎年、連絡くれたんです。

そこで、自分の興味あるものに挑戦できるなんてチャンス、誰にでもあるわけじゃないよなってふと思ったんです。そう思ったらもうワクワクして、やる気がみなぎっちゃって。周りからの反対も大きかったし、不安がないと言ったら嘘になるけど、それ以上に「やってみたい」の気持ちが勝って、「代表取締役社長」のオファーに応える決心をしました。

葛藤する日々を過ごした電気工事会社の社長時代

石川:かなり意気込んでスタートしたことだったんですが、、、実際すごく苦労しました。というのも、もう会社として仕組みが完成されていたんすよね。

40年くらいやっている会社で、すべてにおいて「変えることがリスク」。カラーコピー機を入れるのでさえも説得するのに一苦労。自社HPもなければメールも使えない、社員が会社の数字を全く理解しないまま仕事を進め、採用もその場任せ。最終的には「勝手にやらないで」と言われる始末。

「俺が来た意味なくね?」ってずっと思ってました

石川:このままでは時代に遅れ、淘汰されていってしまうと思いました。そして、今うちにいてくれている腕のある職人さんたちが離れていってしまうのも防ぎたかった。

自分なりに色んな所を見て積み上げた経験と知識で会社の役に立とうと必死だったんですけど、会長(元社長)とは思い描く姿が違ってしまっていた。俺は進化させることが正と思っていたけど、会長の正義は「自身のコピー」をつくることだったんだろうと思います。

石川:結果的に最後は喧嘩別れのような形で離れることになっちゃいました。今考えると俺も焦ってたのかも。よくよくは後継者として任せたいけど、「いますぐ」ってわけじゃない。創業者として最低でも現状を維持していくために、失敗できない、そんないきなり新しいことをできないのも今は理解できます。

経営という意味では思うようにはいかなかったけど、工事会社として自分で現場で手を動かすという経験は、本当に財産です。いつもそばで見続けてはきたけど、見聞きしているだけなのと、実際やるのとでは全然違う。想像以上、言葉以上に大変であることが、身をもってわかりましたね。

目に飛び込んできた「業界を変える」ということば

石川:電気工事会社を離れてから、「本当にしたいことは何か」と自分に問い続けました。正直、次は建設じゃなくてもいいなっていうのも思ってたんですけど、、、求人サイトを見ていたら、ぱっと出てきたんですよ。「建設業界を変える」って。このワードに強烈にひかれました。

それが内装工事事業業と建設プラットフォーム事業をしているユニオンテックだったんです。

石川:社長の時、いやというほど痛感した「ひとりでは変えられない」ということ。業界の縮図のような会社の中で身動きが取れなかった。だから「変わっていこうとする組織」の中に身を置きたかった。やりたいことは一致していて、でも組織である分、巻き込むものも、変えようと挑む対象も影響も大きくて、なにより、実現していける気がした。

今やっているのは、自社案件の設備関連業務と同時に、プラットフォーム事業でサービス改善のためにメンバーと知見を共有したり、法人営業部の一員としてお客さんにサービス提案をしたりと、色々できてます。

石川:ストレートに現場で経験を生かすだけじゃなくて、その経験を現場で役立つサービスのために使う。どうやったら喜ばれるのか、使い易いのか。経験に基づく目線が多い分、ITという新しいフィールドでもこれまでの知見や経験が生かせるんです。「自分が存在する意義」の実感を伴って、大きな目標に向かっていけることがすごくうれしい。

ITのような新しいものをすんなり受け入れない業界の傾向は、きっかけがないだけだと思うんです。知らないからリスクがあると思っちゃうだけ。建設業界の特徴として「信頼がある、もしくは無理やり」が動機であることがほとんどなので。(笑)

「自己実現」と「他者貢献」。ふたつを実現できる建設という舞台

石川:昔は認めてほしいっていう承認欲求だったんですけど、次は自分のやりたいことを実現する「自己実現欲求」のために行動したいんです。仕事もプライベートも、建設工事の顔、ITの顔、旦那の顔、色んなところに顔があるのが自分でそれぞれにやりたいことがある。

今気付いたけど、業界構造で上部の一次請け施工管理から、建材、専門工事会社、材料の営業や管理、、、社長もやったと思ったら建設IT。業界のあらゆる場所を経験してますね、俺。なかなかいないと思いますよ(笑)

石川:俺は「他者貢献」がとんでもないモチベーションなんだと分かったんです。「部屋掃除してあげたら奥さんが喜ぶ」ていうのと一緒。業界のいろんな立場で色んなことを見てきたおかげで、これは業界のために役に立つ、使う人が喜んでくれるって分かるから、率先して進めていけるんすよね。

自分といまの会社をつなげた『業界を変える』という言葉。
これをやり抜くことがまさに「自己実現」と「他社貢献」。俺にとってはこのフィールドだからこそ、このふたつを叶えられるし、建設業の未来を変えていけると思ってます。

 

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