日本の伝統建築に魅せられ「日本の大工」になったカナダ人

日本人以上に伝統建築技術を重んじるカナダ人大工

カナダ人のデザイナーだったアダム・ズゴーラさんは、2003年に来日したとき日本家屋にインスピレーションを感じ、大工職人の道を志したひとり。以来、日本の伝統技術に日本人以上に触れてきたと言っても過言ではない。

外国人のズゴーラさんは、日本で大工の道を歩む中で、どのような家づくりを目指すようになったのか? ズゴーラさんから見た日本の伝統技術と、彼なりの家づくりのこだわりを教えてもらった。

[プロフィール]

アダム・ズゴーラ
1975年生まれ、カナダ出身。カナダの大学で工業デザインを専攻、その中で日本の伝統建築に興味を持ち、2003年に来日。勉強が目的の短期を予定していたが、自ら大工職人の仕事に携わりたいと思い、とある職人さんの元に弟子入り、そのまま日本に住む。現在は、自身が代表を務める『KOYANE建設』と並行で、「自然素材の住まいと暮らしづくり」を提案する長野のアーティスト集団『アトリエDEF』のメンバーとしてもさまざまな活動に従事する。

カナダ人大工は日本産の木材や伝統の手法・工具にこだわる

カナダ出身、鉋がけをするKOYANE建設代表のアダム・ズゴーラさん

群馬県を拠点とするズゴーラさんの仕事を支える作業場を訪れてみると、「手刻み(木材に墨を付け、ノコギリやカンナで加工していく技法)」をしているズゴーラさんが出迎えてくれた。

「国産の木材はすべて私が手刻みで加工しています。材料のこだわりは、国産であること。価格の安い輸入材よりも、地元の山林から切り出した国産材を使えば、山にお金が戻って、木を手入れする余裕が生まれます。そうして増えた良い国産材を使えるので、私も気持ちよく仕事ができるんです」。

そもそも日本の大工職人の技は、国産材に合わせてあるものだという。材木に長さを出す「材を継ぎ足す」ときに使われる「継手」の手法も、水分の関係で反りやすい国産杉をまっすぐにつなぎ合わせるためだ。国産材にこだわった手法を採用しているからこそズゴーラさんの仕事、家づくりには時間がかかる。

「主に注文住宅を受注していますが、1棟に7ヶ月ほどかかります。たしかに効率的にすればもっと仕事を受注できるかもしれません。しかし効率的にすると、どこかに手抜きが出てしまいます。それでは良い家をつくれません」。

何ひとつ妥協することない、ズゴーラさんの家づくり。その評判は広がり、独立して7年「ズゴーラさんにつくってもらいたい」と営業しなくても仕事の声がかかるほどになった。

 

日本建築を知るため、大工職人の世界に踏み出す

KOYANE建設の作業場にあった木材

「日本に来たとき、大工職人になるつもりはありませんでした。もともとは工業デザインを勉強していたので、日本建築のデザインは雑誌などの本から学び取ろうとしたんです。でも、紙だと2次元で表現されているので、奥行きがなくイマイチわかりませんでした。そのため、実際に日本建築を見てみたい、とワーキング・ホリデー・ビザで滞在できる1年間限定で、日本で勉強することにしました」。

そうして来日したズゴーラさんだが、実際に建物を外側から見ても、まだその構造が理解できない。「何としても日本建築を学び取ろう」と、解体現場の仕事を手伝うこともあったという。

「解体現場で作業をしながら、『ただの木材がきれいな家になる仕組みは、大工職人しかわからないな』と思ったんです。大工さんから技術の話を聞きたい、と大工職人に興味を持ちました」。

「大工職人」といっても、その種類は多い。なぜ、日本建築に関わろうと思ったのだろうか。

「それまでは都会が生活の中心だったんですが、山林の多い村に引っ越してきて、木こりの仕事をするようになりました。すると、木こりの知り合いから、建築に関わる仕事を任されたんです。そのとき、『日本の大工職人は独自の文化がしっかりと残っていて、丁寧な仕事をするんだな』と感じました。そして改めて『自分の好きな日本建築の構造と技術を学びたい』と強く思ったんです」。

そのタイミングで、のちの師匠となる棟梁との出会いが訪れる。義理の父の知り合いだった師匠は、当時担当していた珍しい建築物を見せるため、ズゴーラさんを自分の現場まで招いた。

「師匠の作業場を訪れたとき、腹は決まりました。師匠の家づくりが素晴らしかったので、『ぜひとも師匠のもとに弟子入りしたい』と何回もお願いして、ようやく弟子入りできたんです」。

日本家屋に惚れ込んだズゴーラさんは、師匠のもとで徹底的に日本建築を学び、今に至っている。

 

海外の建築家にもインスピレーションを与える日本家屋

日本の伝統大工技術を語るKOYANE建設代表のアダム・ズゴーラさん

日本の風土に合わせた建物のひとつに「日本家屋」がある。この日本家屋の特長は、内と外の境目が曖昧なことだ。

内と外を段差でつなぐ「土間」や「縁側」など、日本独特の家づくりは海外の建築家たちにインスピレーションを与えることもあるという。

「建築は文化に合わせて、新しいデザインが生まれます。しかし、家のデザインが変化しても、日本人の心の奥深くにあるものは、変わりにくいんです。

たとえば、日本家屋には人付き合いするための場所がわざと設けられています。土間があるのは、近所の人と気軽に交流するため。

日本文化が染み付いている人は、内と外、プライベートとパブリックのちょうど良いバランスを保てる日本建築に心地良さを感じるはずです」。

また、現在の日本の家づくりは、機械で大量生産する流れに傾いてきている。そうなると「あと20年もすれば、家づくりできる大工職人が少なくなる」とズゴーラさんは危機感を持つ。

「昔とは違って社会に出てから大工職人を目指す人もいるので、自我の強い人もいます。そういう人が自分の欲しい技術だけ学んでいたら、伝統的な大工職人の技が身につきません。大工職人は機械にできないこと、つまり自分の指先で覚えた専門的な技術と経験がなければ、立場が弱くなってしまいます」。

たしかに、現場では早く大量につくることが求められる時代になった。木材を機械で加工する「プレカット」という工法を使っている家も少なくはない。しかし、あくまでもズゴーラさんの家づくりは、国産材を伝統技法でつくり出すことである。

「材木を継手するときは、木材をつなぎ合わせる番(つがい)が必要です。しかし、プレカットに向いているのは海外からの輸入材。国産材を使いたかったら、やはり伝統ある日本の大工職人の技を使わないと。国産材をうまく、そして早くつなぎ合わせることが、大工職人の腕の見せどころなんです」。

大工の伝統技術を現代の家づくりに生かすことが大切

日本の伝統大工技術を語るKOYANE建設代表のアダム・ズゴーラさん(大工)

かつてズゴーラさんは「自分の作品を残したい」という気持ちで大工の仕事をしていた。カナダから来日して、必死に覚えた日本の伝統技術。どうしても、大工職人としてのプライドやこだわりがある。しかし、独立後に関わった日本家屋の現場でその考えが変わった。

「一緒に家づくりしていた左官職人に『どんな壁にしたい?』と聞いたとき、『いや、僕たちの仕事はサービス職だから、お客様が欲しいものをつくるだけだよ』と言われたんです。

そう言われて、お客様の家は私の作品じゃない、と気づいたんです。たしかに、プライドを持って手を抜かないことは大切です。しかし、その家にお金を払うお客様が喜んでくれることが大事なんだ、と考えるようになりました」。

その想いに拍車をかけたのは、過去に関わった日本家屋の定期検査に行ったときのことだという。

「過去に関わった家に訪問してみて、磨き上げられた床や手すりの綺麗さに驚きました。それは、大工職人の仕事でも出すことができないツヤだったんです。

なぜ、そこまで磨き上げられたのか。それは、お客様が家を気に入って、大事にしたいと思ってくださったから。だから、いつまでも大事に使ってもらえるように、お客様に喜んでもらえる家づくりを目指しています」。 

そのためには「必ずしも昔の型にはめ込もうとは思わない」とズゴーラさんは語る。

「注文住宅なので、お客様それぞれに理想の家は違います。100年前の家は、もしかしたら現代のお客様の生活に合わないかもしれない。だから、昔の知恵を生かして現代のお客様に合うものをつくるということは、チャレンジなんです。大工職人には、お客様のニーズに合わせて家づくりをする責任があります」。

「日本建築を、後世にも残し続けたい」。そう考えるズゴーラさんだからこそ、そこに住む人たちの想いにより沿った家づくりができるのだ。

 

職人のものづくりへの想いは国境を越える

渡日からの経験を語るKOYANE建設代表のアダム・ズゴーラさん(大工)

「30歳から本格的に大工をはじめて、およそ10年経ちました。今は、ひとつの建物の現場を任せていただけるようになりましたが、それは修行中に手刻みや墨付け(大工職人が木材に加工をするための目印をつけること)など、伝統技術を必死に学んできた経験があるからです」。

しかし、修行中のズゴーラさんは「日本と海外の文化の違い」に苦しんだこともあったという。

「カナダは仲間だと認められると、相手が優しくしてくれます。しかし、日本は仲間だと認めると、声のかけ方が荒くなるんです。親しくなった仲間から『これを使ってくださいね』ではなく『これ使えよ』とちょっと乱暴に言われて、大変驚きました」。

まだ自信がないとき、そうして荒く声をかけられるたびに「自分は接し方を間違えたのだろうか」と思い悩むこともあった。とくに大工職人の世界、現場は日本人でも入りにくい場所。日本の文化に慣れるまで、理解できないストレスと孤独を味わった。

「心が折れることもありましたが、大工を続けるために、現場で耐えていました。すると、スキルが高まるにつれて文化の違いが気にならなくなってきたんです。そうして文化の違いを超えていき、自分の持っているスキルの話で通じ合うことができました」。

 

KOYANE建設代表のアダム・ズゴーラさんが愛用する鉋

大工職人の世界に入ってみて、ズゴーラさんは他にどのような文化の差を感じたのだろうか。

「カナダでは、デザイナーが自分の想いを出そうとしますが、日本の大工職人はなかなか自分の想いを表に出そうとはしません。成人したら個人の想いを持つことも大切ですが、日本の大工職人のように、静かに相手の想いを聞くことも大切ではないでしょうか。こちらが話しすぎなければ、相手の知っていることを教えてもらえるからです」。

ズゴーラさんによれば、日本と海外の職人には共通している部分もあるそうだ。

「職人同士で接していると、『腹の底で思っていることが同じなんだな』と感じることがあります。どんなに面倒くさいことでも、お金(が目的)ではなく、相手のために引き受けてくれる職人がいるんです」。

ズゴーラさんは、過去に山奥で自分の車のフューズが壊れ、車の修理工に1日かけて修理してもらった経験がある。そのとき「高い修理代がかかるだろうな」と覚悟していた。すると、その職人から「お金はいらないよ。仲間だから」と言われたという。その職人の言葉は、彼の心によく響いた。

大工に求められるのはお客様への説明責任

材木を目で確認するKOYANE建設代表のアダム・ズゴーラさん(大工)

ズゴーラさんは、お客様に満足してもらえる日本家屋をつくるために、欠かせないこだわりがあるという。

「なぜこの工法でつくるのかなど、取り入れる手法の意味をすべてお客様に説明しています。家はX線のように透かして見ることができません。お客様が家づくりを理解していれば、自分の家を深く見ることができるので、『だからこの断熱材を使ったんだ』などと安心して暮らせるはずです」。

家は、どんな釘の打ち方をしても、外壁で隠すことができてしまう。だからこそ、お客様に家づくりの理解を深めてもらいたい。家づくりに理解があれば、どんな材木を使えば良いか、お客様も判断しやすくなるだろう。

「私のように、『何を安くすればいいか?』を細かく説明してくれる会社は、そこまで多くありません。それは、それぞれの会社が自分たちの利益を守るために必死だからです。しかし、国産材に興味がないお客様でも、輸入材と国産材との違いがわかれば、地元の木材の良さを生かした家づくりのメリットに気づけるはずです」。

50年、60年とずっと愛着の持てる理想の家づくりのため、大工はお客様にわかりやすく説明する力が求められるのだという。

 

大工は仲間と協力しなければ、良い家をつくれない

家づくりを語るKOYANE建設代表のアダム・ズゴーラさん(大工)

カナダから来日して14年。2010年に日本で大工職人として独立したズゴーラさんだが、一時期は母国カナダに帰ることも考えた。

「じっくりと作業する師匠の仕事は、そこまで数多くありませんでした。それで、師匠から独立を薦められたんです。しかし、私は独立後に食べていけるのか不安でした。当時子どもが生まれたばかりだったこともあって、家族の生活面における不安がない『カナダへの帰国』も選択肢に持っていました」。

しかし、ズゴーラさんがずっと日本にいるものだと思っていた仲間の大工さんたちは、彼の決断を残念がった。

「仲間の反応を見たとき、『カナダに帰ることは今までのことを大切にしていない決断だ』と気づきました。私は若いうちから、まわりの仲間のおかげで良い家をつくることができたんです。

家づくりの現場には、職人たちとチームの気持ちが必要です。たとえば、いつまでも自分の作業に時間をかければ、次の工程の人が仕事に入れません。他の人の苦労もあるので、相手のことを考えて仕事することが大切です。だから、帰国することはやめて、日本で働き続けることにしました」。

日本建築と大工の伝統技術を価値ある姿で後世に残すために

大工のこれからを語るアダム・ズゴーラさん

日本で働き続けることを決意したズゴーラさん。日本人より日本建築を知っている彼だからこそ、親方にならないかと声もかかる。しかし、「私が親方になることは難しいと思っています」と彼は語る。

「もちろん、ハイレベルな仲間たちと一緒に、家づくりを続けていきたい。けれど、私が日本人の職人に日本建築のつくり方を教えることが可能かどうか、それは悩みますね」。

かつて師匠から、こんなアドバイスを受けたこともあるという。

「私のことを考えてくれた師匠に、『アダムはこの国に生まれた人間ではないので、気をつけないといけないよ』と言われました。たしかに私は、日本建築の技術を習得しましたが、『神社の屋根の形を描け』と言われたら、日本人には敵いません。だから私は『神社の屋根をつくろう』とは思っていないんです」。

日本人の感性だからこそつくれる、純粋な日本建築の現場には携われないかもしれない。しかし、外国人のズゴーラさんだからこそ思い描ける、日本建築のカタチがある。

「私は、残したいものを残します。そのひとつが、お客様のニーズに沿った、今の時代に合う日本建築です。国の違いでつくれないものがあるのなら、逆にそれをプラスにしていきたい。私は、洋風建築と日本建築を組み合わせることができます。それを求めてくださるお客様に、日々支えられています」。

時代の流れに、日本建築を埋もれさせたくない。そのために、ズゴーラさんは自分の見つけた答えを信じて、今日も日本家屋を作り続けている。

 

取材協力=KOYANE建設、アトリエDEF